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ジェノサイド

著者:Takuya Yamazaki

ジェノサイド

1994年4月6日ルワンダとブルンジの大統領暗殺事件を引き金にルワンダの遊牧を主とするツチ族と農業を主にするフツ族の民族間で起こった大量虐殺。僕はアフリカで出会った旅仲間達と一緒にこの悲しい歴史を辿る旅をしてきた。

この歴史は僕が小学生の頃に起こった事件であり歴史と言ってもどこか身近に感じるものがあった。

首都キガリ
首都キガリ

今回僕はこれを旅ダイヤリーに書く事にしたものの実はその内容を100%読者に伝えるための写真がほとんどない。
それは写真が撮れない場所や写真を撮る気になれなかった場所が多くあったからです。

だけど過去に多くの人がテレビ番組、映画、今ではインターネットなどを通しこの事件がどれほど残酷であるかを僕達に知ってもらいたいのか、どれほど世界に伝えようとしているのかを知りルワンダの旅を通して僕なりに感じたルワンダをダイヤリーに残すことにしました。

ルワンダには主にフツ族とツチ族の2つの民族が居てその2つの民族の違いは僕には到底区別などできない同じ普通のアフリカ人だった。
そして彼らはお互いに差別なくルワンダで仲良く暮らしフツ族とツチ族が結婚し家庭を持つ暮らしは一般的であった。

そして僕がルワンダに入国する前は 何故こうした虐殺がおこったのかは勉強不足の僕にはルワンダに行くまでその歴史を真剣に調べもせずただ旅をしにいってみたと言う感じで今思えばルワンダの人達に謝りたい気持ちもある。

首都キガリでは街が毎日停電になるほど電力が不足している様子ではあるがルワンダの人達はとても礼儀正しく真面目で愉快であり僕がイメージするアフリカ人よりも少しシャイな人が多かった気がするけど皆優しくて僕はルワンダの人々をすぐに好きなった。

写真にはないがとある建物の中で行われていた謎の儀式にも飛び入り参加した際もみんなが変な目で僕らを見る訳でもなく笑顔で歓迎してもらった。
そして僕らはキガリからそれほど離れていない虐殺の犠牲者の方々が眠る施設を尋ねた。
この地域でも数千人の人が犠牲になりここで静かに眠っている。

そこの近くには小学校がありちょうど生徒さん達が下校する時間だったので僕は子供達に声をかけてみた。


この子供達の姿を見ながら1つ感じた事がある。大量虐殺の犠牲者の数は定かではないものの50万~100万人と言われそれがどれほど多くの無実の人の命を奪ったことか。そしてきっとこの子供達の命も運良くその中を生き延びる事の出来た人達の奇跡から産まれてきた命が沢山あるんだと。

僕はこの子供達の命が今ここにある事こそルワンダの奇跡なんじゃないかと思う。

虐殺が起こった細かい原因の説明はインターネットが普及した今の時代なので調べれば遥かに僕より上手に説明されているものが見つかるので僕はざっくりとした説明だけにしてこのダイヤリーを書いていこうと思う。本来フツ族もツチ族も近所の人同士でも誰がフツで誰がツチなのか本人達ですら定かではないくらい彼らには識別する必要のない平和な日々があった。

台湾のように日本に植民地にされた事で成長できた国も世界には少なからずあるけど、ルワンダの植民地としてのあり方は悲惨であり本来2つの民族を分ける必要がないくらい仲良かった2つを他者の都合で目の大きさや鼻の高さなどで無理やりまた2つに分けた事はこの大量虐殺の原因にも繋がった。

この子供達の中で誰がフツで誰がツチなのかなど見た目で分かる人なんていないし、これだけ仲の良い関係があるのならそれをわざわざ他人が民族の違いで上と下に分ける必要なんてないのだと思う。

そしてこれは映画ホテルルワンダでも有名なホテル。

殺戮から逃げまどう人々を助けるためにホテルにかくまい闘ったここのオーナーは本当に勇気があり本来なら人がそうあるべき姿をもった人だと思う。

当時沢山の被害者の人々がこのプールの水を飲み生き延びる努力をし平和を願った。

人の命を救ったプールを僕は旅をしてきてここでしか見たことがない。

そして僕らはルワンダの地方にもあるジェノサイドの施設にも訪れた。

ここの地域では村の中でも山の中でも大勢の人々が殺され死体だらけになったと聞いた。

この建物は本来なら学校になるはずだったが今ではこの敷地の中には大勢の犠牲者が眠っている。
裏にはいくつもの小屋があり小さな部屋が沢山あった。
その全ての部屋の中には犠牲者達の遺体が数えきれないほど横たわって呼吸もできないほどの悪臭が漂っていた。
フェンスもなければケースの中にある訳でもなく死体部屋の中に僕がただいる。まるでそんな状態だった。
床やテーブルの上にある死体の山はルワンダのジェノサイドの怖さを一瞬にして僕の目と胸に焼き付け訪問者の中にはそれを見て突然泣き出した人もいたほどだった。

普段なら僕は自然を見て癒されながら旅をしているけど沢山の人が殺されたこの地域の山は僕にはまた違って写っていた。

そしてここも沢山の人々が殺された教会。
当時ここでは多くの犠牲者達がこの教会に逃げ込み殺戮が無くなることを願い神に祈った。
だけどそれもむなしく玄関のフェンスも破壊され教会の壁のレンガは一部破壊されそこからロケットランチャーを撃たれみんなが命を落としたそうです。
建物もその当時のままの姿で残っていて
お腹に赤ちゃんがいた女性も容赦なく槍で刺され親子共に串刺しにされていたと話しをされました。
この教会の中には亡くなられた方々の持っていた写真や手紙、アクセサリー、衣類がその当時のままただ積み上げられ地下室にも遺骨が並べられていました。

そして次は
ここも随分人里離れた田舎にある教会。

僕達はここではこの建物を管理する1人の男性に中を案内してもらい 
彼はとても明るく僕らを歓迎してジェノサイドの事を教えてくれた。やはりここでも沢山の命が奪われていた話しを聞いた。
そして中にある部屋の1つにはどす黒く一部が染まったレンガの壁があった。

彼は静かにその壁を指さし説明を始めた。

「沢山の子供達がこの部屋に連れ込まれて頭を捕まれこの壁に叩きつけられて殺されたんだ」

僕は子供達が殺される姿を想像し胸が苦しくなり彼に返す言葉も見つからなかった。
すると彼は
「せっかくここに来てくれたんだし何かメッセージをその壁に書いてやって下さい」
と言われたが僕はどんなメッセージを書いたらいいのか分からずただ自分の名前をそこにゆっくり書いた。

そして彼は一言「ありがとう」と言った。


僕らは色々な話しをして
彼が少し涙ぐみ僕らに彼の真実を教えてくれた。

実は彼はこの教会で自分の愛する奥さんも子供も全てジェノサイドで失っていた。

だから彼は今この教会を管理する仕事をしていること。

実際には愛する家族を失った後でも家族と一緒に居たいと思う気持ちが彼をここに止めているんだと僕はそう感じた。

そして彼が別れ際最後に僕に言った言葉。
「この虐殺で沢山の命が奪われました。2度とまた同じ事を繰り返さないために私たちはこの歴史を子供達にも伝えていきたい。だからあなたもここで見たものを日本に帰ってから伝えてあげてほしい」

この言葉は彼と僕との約束であり今自分がしてあげれることの1つでもあり
その約束を守りたくて自分なりの方法でこのダイヤリーを書いた。

そして子供達が亡くなった壁に書いた僕の名前の下に続きとして書きたいメッセージも今はある。

1つの約束を日本で果たし次はやり残したメッセージの続きを書きに僕は必ずまたここを訪れる。

そして今ではルワンダは少しずつ過去の惨劇を乗り越えるために加害者はボランティア団体の協力も得ながら被害者に償い。被害者はその加害者の努力を見て少しずつ過去の過ちを許し また昔の仲の良かったルワンダにゆっくりと戻りつつあります。

フツ族とツチ族が共に働くアイスクリーム屋さん
フツ族とツチ族が共に働くアイスクリーム屋さん

悲しみの歴史の上に今も立ち生きてる人々。
差別の無意味さを知った人々。
命の大切さを知った人々。
許す心と償う心を持つ人々。

このダイヤリーの中では読者が読んでいて疑問となる部分がいくつかあったと思う。
なぜなら、どっちの民族が被害者で加害者?誰がルワンダをこんなにしたの?
と言う部分の歴史を書いていないので。

それは僕がルワンダの旅を振り返り思った事はルワンダの人達は僕に誰が悪いとか誰が許せないとかを伝えてはこなかったし、歴史を日本に持って帰って正確にみんなに伝えてほしいと言った訳でもないと僕は思っている。
彼らが伝えたかったのは虐殺の恐ろしさを知りそれがどれだけ無意味で恐ろしいものなのかをそして2度とそれが起こらないように日本の子供達に伝えていってしてほしいと言ってたんだと思うから。

僕はルワンダから未来は過去から学びつくっていくものであるという事を教わった。

新しい時代をこれから生きいく人々のためにも。

著者について

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