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平和は微笑みから始まる

著者:Takuya Yamazaki

平和は微笑みから始まる

ヨーロッパ バルカン半島の旧ユーゴスラビアとなるマケドニアのスコピエで1910年に後に人々からマザーと呼ばれる事となる本名アグネス・ゴンジャ・ホヤジュ(マザーテレサ)が産まれる。

彼女の家庭はカトリックであり愛する家族とこの上ない幸せな生活をおくっていた。

「現在のマケドニアの首都スコピエ」

だがその幸せな生活は長くは続かなかった。

マザーテレサが4歳の時に第一次世界大戦が勃発しバルカン半島の民族間の均衡が崩れ始めてマザーテレサの父親はアルマニアの独立運動に参加した際に毒殺された。

マザーテレサは当時9歳にして人間の醜い感情が父の命を奪ったと感じひどく悲しみその心のよりどころにしたのが信仰による救いだった。

僕は世界を旅する前からマザーテレサの生き方に漠然だが大きな尊敬を持っていたのでマザーが産まれた地であるスコピエを旅のルートに入れた。

ここにはマザーテレサ記念館が有名でありこの町に来た旅人なら必ず訪れると思う。

そしてこのダイヤリーはマザーテレサの想いと歴史を伝えながら自分の見てきた旅の写真を混ぜながら書くので少し変わったダイヤリーになります。

1979年にノーベル平和賞をもらうほどのマザーの偉業はこのように形となっていて

ミュージアムでは勿論の事マザーの歴史を見ることができます。

マザーは幼い頃からカトリック聖人フランシスコに強い憧れを持ち彼が神に言った「神よ。私をどうぞお使い下さい」の言葉が後にマザーテレサの人生を大きく変える事となった。

18歳にマザーは修道女としてアイルランドに行きその後に単身でインドのカルカッタのスラム街へ渡っていった。

その時を境に生涯マザーはもう二度と家族と会うことはなかった。

そして僕もスコピエを訪れた事でいずれカルカッタにも行こうと決断しその後、中東、アフリカ、中央アジアを周り約10ヶ月後にインドカルカッタへ到着した。

「2018年現在のカルカッタ」

神に一生を捧げなくてはならない修道女マザーは修道院の外へ出る事は禁じられマザーは外の世界を知らずに38歳まで過ごした。

しかし1946年カルカッタ大暴動と呼ばれるヒンドゥー教とイスラム教の対立争いでカルカッタは更に最悪な状態となっていく。そんな中マザーは修道院の外の世界を見てみることを決断しその時にカルカッタの悲惨な現実を見てしまうことになります。

街の道路にはのたれ死ぬ人々、餓死する人々、親にゴミ捨て場に捨てられている子供もいた。

(写真は旅中に撮った現在のカルカッタ)


当時 外の悲惨な世界を見たマザーは路上で孤独に死んでいく人々や貧しい中のもっとも貧しい人々を神に変わって助けたいと言う思いを貫き通しローマ法王からも許可をもらいもっとも貧しい人が被るサリーとぞうり姿で修道院から外の世界に出て人々を助ける活動を始めた。

そしてマザーは貧しい人達に食べ物を与えたり病院に連れて行ったり自分ができる事を愛をもって行った。ある日マザーがカルカッタのスラム街を歩いていると1人の子供が「お金を下さい」と言ってきた時にお金のなかったマザーはその子に連れられ家の中に入るとそこにはガリガリに痩せ細ったその子の兄妹と母親が暗闇の中にいた。そしてマザーは唯一持っていた少ないお米をその母親に渡すとその母親はその少ないお米を半分にして

「隣の家の人達もずっと何も食べてないので分けてきます」

の言葉と行動にマザーは強く感動し

「私が貧しい人に与えてるんじゃない。貧しい人達が私に与えている」

この言葉は後にマザーテレサの名言として残る事となる。

そしてマザーはこの行いを愛情もって続けていくが押し寄せる貧乏な人々全員に与える食料もなくなりみんなに食べさせるための食料をもらいに街中を歩き回ることもあり、時にマザー自身がモノ乞いだとやじをかけられたりキリスト教は部外者だと批判される時もあった。

それでもマザーは諦める事なく貧乏な人々に愛を注ぎ続けた。 ある日路上で孤独の中で餓死寸前の男性が倒れてる姿を目撃し助けようと男性を抱き締めさまざまな愛のある言葉を彼に伝えた時に彼はマザーに呟いた。

男「なぜ私なんかのためにここまでしてくれるのですか?」

マザー「神様も私もあなたを愛してるからよ!」

そして男はこの言葉を聞いた後でそっと息を引きとった。その時 男はマザーの手を握りしめていた。

ずっと孤独な人生を送っていただろう男は最後の最後で人からの愛を感じれたのではないだろうか。

その時にマザーは例えもう助からないと分かっている人達にも最後くらいは屋根の下で愛を感じながら天に行ってほしいと願い「死を待つ人の家」を造った。

(2018年 現在の死を待つ人の家)

ここでは現在もマザーの意思を受け継ぐシスター達やボランティアの方々達が世界中から毎日訪れています。

こうした貧しい人達を愛し理解し続けてきたマザーが今の時代に残した言葉が沢山あります。

「もし貧しい人々が飢え死にするとしたら、それは神がその人を愛してないのではなく あなたがそして私が与えなかったからです」

「この世で最大の不幸は戦争や貧困ではありません。人から見放され自分は誰からも必要とされていないと感じる事です。」

「100人に食べ物を与えられなくても1人になら与えられるハズです。」

「飽くことなく与え続けて下さい。残りものではいけません。自分が傷付く程に与え続けて下さい。」

「大切なのはどれだく多くを与えたかではなくそれを与えるのにどれだけ愛を込めたかです」

「飢えている人がいます。でもそれはパンがないからではありません」

「私は命を救うことは出来ないかもしれません。でも愛のある終演を与える事はできます。」

「私達はこの世で大きな事はできません。小さな事を大きな愛をもってするのです。」

「銃や砲弾が世界を支配してはいけません。世界を支配していいのは愛なのです」

「もし平和が得られていないのなら私達が仲間だと言う事を忘れているからです」

「慰められる事より慰める事。理解されるより理解する事。愛されるより愛する事」

「持ち物が少なければ少ないほど多くを与える事ができます。」

「愛の反対は憎しみではなく無関心です」

「昨日はもう終わりました。明日はまだきていません。私達には今日があるのみです。」

マザーは人の貧困による生と死だけでなく人の心の貧困に強い問題を感じてる事が分かる。

日本では生活環境や医療が発達し長生きが当たり前の時代にはなっているが高齢者の方々を見てても長生きすればするほど幸せだと感じてる人は少ないと思うし長生きしても最後が孤独な人は日本ではどんどん増えていると思う。

もし僕はマザーテレサの事をまったく知らなかったとしたらこうしたマザーテレサの人生を辿るような形の旅をすることもなかったと思った。

だからきっと何を始めるにもまず最初の一歩は「知る事」からなんだと感じた。

そして何事も地道に続けて行く事で少しずつゆっくりと何かが変わって行く可能性を大きくしていくのだと思った。

マザーは自らを貧しい生活の中に入れ貧しい生活をみんなと共にする事で、本当に貧しい人達の気持ちを理解し最後までそれをやり続け沢山の人々の心をゆっくり動かした。

勿論マザーがどれだけ努力し何かを伝えてもそれに何も感じない人も世の中に居ても仕方ないと思う。

だけど何も感じなかった人の数が問題ではなくどれだけの人がマザーとの出会いに感謝しどれだけの人がマザーとの別れを悲しんだのかが彼女の存在の大きさを現してると思う。

(沢山の人々に悲しまれながらマザーテレサが生涯を終え眠る地カルカッタのマザーハウス。全てはここから始まり今もその意志を受け継ぐ人々により続いている)

少なからずそのマザーの願いを理解し絶対に変わった人々もまた沢山いる。

僕もその内の1人。

(マザーハウスのボランティア活動にて。)



僕はあえてマザーハウスからもっとも離れていてアクセスの悪い施設を選びました。途中迷子になり遅刻をしたけどそれでも施設のみんなが凄く喜んでくれた事が何より嬉しかった。後日に死を待つ人の家にも行きそこには大勢のボランティアが参加していた。

ボランティア活動はすればする程少なからず誰かが助かる事でありそれだけで素晴らしい事だと思う。

ただその中でもアクセスが良かったり有名な場所にはどーしても人が集まり悪い場所にはほとんど人が行かない状態になってるとも思いました。

マザーハウスだけでなくても

きっとそれは世界中どこでもそうだと思う。

数々の言葉を世に残してきたマザーテレサ。彼女は神を信じ、神に使え、神の声を聞き貧しい人々にパンを与える事は神にパンを与えているのと同じ事で貧しい人を救う事は神を救うことだと信じ自身の人生を貧しい人々に捧げ何万人もの人々を30年以上に渡り救い続けてきた。

正直に言えば僕はキリスト教でもなければ今でも神を信じてはいないタイプで寧ろ神はいないと思っている。

けど神が居ようが居まいが人々からマザーと呼ばれ母性愛を持ち貧しい人々の母親になりみんなを愛し続けた彼女の気持ちと行動は本当にこの世界に必要なものだったのだと感じた。

神を信じなくてもみんなの母親にはなれなくてもきっと出来る事は沢山あると思う。

「人間の微笑み 人間の触れ合いを忘れた人がいます。それはおおきな貧困です。」

写真1

「平和は笑顔から始まります」





「誰もが微笑むようになれば世界はもっと素晴らしいものになるでしょう。」


「富める人の方が貧しいと思う事があります。富める人の方が孤独であることが多いのです。」

「あなたはあなたで居ればいい。貧しい事は美しい事です。」

「ひときれのパンでなく、多くの人は小さな微笑みに飢えているのです」

「暗いと不平を言うよりもあなたが進んで明かりをつけなさい」

「歳月を費やして作っても一晩で壊されてしまうこともある。それでも作り続けなさい。」

「私達のしている事は大海原の一滴にすぎません。でも私達が止めたら確実に一滴がなくなります。」

マザーテレサは過去にヨーロッパや日本などの先進国にも訪問し日本の事をこう言った。

「日本では路上で行き倒れて死んでいく人、膿にまみれてハエにたかられている人はいません。だけど、日本を歩きながら大変なショックを受けました。街はきれいだし、とても賑わっているのに、その街を歩く人たちの顔に笑顔がないのです。皆さんの悲しそうな表情が心に焼きつけられました。

インドの貧しい人たちは体は病んで苦しんでいますが、日本人は心の中にぽっかり穴があいているのではないでしょうか。貧しい人たちの体をケアする必要があるように、寂しい思いをしている日本の人たちには、ちょっとした言葉をかけてあげてください、温かい笑顔を見せてあげてください。それは私がインドで貧しい人々にしているのと同じことなのです」

僕は男として産まれたので母性と言う女性の産まれ持つ本能はないけど世界を旅しながらマザーテレサのこうした言葉に自分自身が理解出来たものがあり今回はマザーテレサにフォーカスを当てたダイヤリーを書いてみました。

マザーの思考や行動をもし世界の人達全員が持ったとしてもおそらく貧困はゼロにはならないし、物理的貧困により亡くなる人もゼロにはならないと思う。だけど少なからず孤独な人生だったと感じて亡くなる人の数はほぼ無くなり、世界中で貧困を産む一つの巨大な原因にもなる戦争は無くなるのではないでしょうか。

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