SHAKE HANDS のメンバーは個性的で人一倍行動力がありながらとてもユーモアのある人達ばかり!みんなで楽しみながら情熱を持って仲良く世界中で活動しています!
世界中を自分の目で見て知る事に強い憧れをもち素人バックパッカーとして世界101ヶ国を周遊。旅に出た当初は綺麗な景色を見たいと思い世界遺産や有名な地へ足を運ぶ事を考えていたが旅を続けて行くうちに景色よりも「人との出会い」に一番の感動を覚えるようになった。
日本出国時に持っていた荷物は全て失いショットガンを突き付けられた時もあったが各国で出会う旅人や各国に暮らす現地の人々の優しさに触れられた事が何よりも旅を続けさせてくれた理由。
これからは旅人として時にSHAKE HANDS のリーダーとして世界中で恩返し出来るバックパッカーを目指す。
世界中を旅するミュージシャン。
主にギターやオーストラリアの伝統楽器ディジュリドゥを演奏し、自主制作CDを売り生計を立てながら主にオーストラリアを拠点に、カナダ、ヨーロッパ、アジア諸国、オセアニアを放浪。
2018年インドのバラナシにてShake handsリーダーのTakuya Yamazaki氏と出会いインドの小学校等で演奏。
最近の日本での活動はエコビレッジ山水人で音楽修行、兼レコーディング等。
Takumi Sano
大学在学中に「世界一周とうなぎの研究」やりたいことが二つでき世界一周を迷っていたが、
二頭追って二頭捕まえればいい!と考え、休学して世界一周を決定。 フィリピン留学から始め、オーストラリアで資金を貯め、テレビでしか見たことない世界を見に、インド、中東、アフリカ縦断を達成し、20カ国以上旅して帰国。
Takuyaさんとの出会いはエチオピアで、1か月半ほど一緒アフリカ縦断した。
アフリカの子供たちの笑顔や、自然の美しさに心を打たれた旅路であり、人との出会い、各国に出来る友達、共に過ごす時間の貴重さ、当たり前なことは当たり前ではないということを思い出さしてくれる旅であった。
帰国して現在自分の大好きなうなぎに囲まれて生活しているが、将来うなぎで世界の食料問題をどうにかできたらと研究中。
写真はきっと自分と肌の色が違う人間を初めて見た少女と最高の笑顔で2ショット。
Mami Ishii
ウガンダにて1ヶ月の医療ボランティアを経験
その後、オーバーランドツアーでアフリカ南部〜東部を旅行
Takuyaさんとはインドのマザーハウスで出会いました
アフリカへの支援を視野に活動中
Numata Mamoru
元電気工事現場代理人。
10年勤めた会社を退職後3年9ヶ月、46カ国に渡る世界一周をおえ、2018年4月に完全帰国。
旅中はワーキングホリデーや路上でギターを弾くバスキング等で資金をまかなった。
帰国後は新潟県燕三条地域で初のゲストハウスをオーブン。工場見学を中心とした酒飲み宿を作る。
無駄に生きるな、熱く死ね。を座右の銘とし 死ぬまでに観たい絶景を追い求めて約2年間の世界一周の旅に出る。
インドネシアのボロドゥブール、エチオピアのダロル火山、ギリシャのメテオラ修道院、アルゼンチンのペリトモレノ氷河など4大陸を周り世界の絶景・遺跡を目に焼き付けた。
次なる野望は月面から水の惑星を見ることだ。
インドで1人旅を経験し外国で暮らしている人々の生活や文化、価値観に興味を持ち青年海外協力隊でバングラデシュ・フィジーに行き現地の人と共に生活をする。その後中南米を放浪。人と人とを繋げ、国境を越えた仲間の輪をゆっくりと広げていきたい。
あ~、宇宙空間で昼寝したいなぁ~。
豊かな生き方を追い求めて、2017年よりNanaを連れて世界一周の旅へ出発。1年以上の時を経て53ヶ国を巡る。
様々な出会い通じ、自分の世界を広げ続けることにその答えがあることを確信する。
帰国後は自分の経験を伝えるべく、受験や成績にこだわらない全く新しいスタイルの家庭教師をスタート。
子ども達の成長を見守る傍らで講演活動等を行い、世界2周目、3周目へと向けて準備を進めている。
Nana
地球にはどんな自然の風景があり、どんな人々の暮らしがあるのかを見ずには死ねない!と思っていた中で、Ryoと出会ったことをきっかけに世界一周の旅に。
一生旅ができる生活を目指して、現在は日本で準備中。
Googleで世界の絶景を鼻水垂らして眺めていた島根のど田舎者が、パスポートなるものを手に入れ、大冒険に出発。
4年を超える長旅は、当初の絶景巡りのスタイルから次第に現地人との絡みが目的となり、流した泪は、交わした酒の数ほどとも。
好きなものは、村に急に現れる日本人にテンション振り切れる子供たち。嫌いなものは、後ろから首を締めて、カメラ盗ってく人。
世界遺産が大好き。いろんな世界を見てみたい。
まだまだ行きたい国がたくさん。
年三回は旅行目標。
ちょっとづつ叶えて行きます。
出演歴
20代の頃から旅を続け、インドのヒマラヤやイランの無名の山を登りスノーボードしたり、1秒に1回無音の落雷の起こる湖を探したり、南米のジャングル奥地の民族の元で狩猟生活を送り、東南アジアでは川に浮かぶ島々を渡るなど、僻地を愛し僻地にロマンを求める。
世界一周経験者だけどマチュピチュ、世界3大瀑布のひとつも、グランドキャニオンにだって行ったことない、旅に求めるモノは自由と如何に現地の生活に溶け込めるか。
コミュ障・意識低め・無駄に尖り気味の3大要素兼ね揃えた前時代系旅人。
若い頃に父の影響から音楽に興味をもち二十歳の頃にはそんな大好きな音楽に囲まれたライフスタイルを求め仙台のCLUBにて19年勤務。
その中でさまざまなジャンルの音楽との出会をきっかけに音楽の深さ、面白さを知り 後に世界中の音楽との新たな出会いを求め世界中を巡った。
その旅路でSHAKE HANDS のTakuyaとエジプトにて出会い捨てられていた子猫の世話を共にし命の尊さを再確認した。
音楽や沢山の人との出会いのあった旅路でありその中で新たな夢を見つけ現在は中国にて準備をしている。
大学を休学し、旅×ボランティアでのんびり世界を周った1年間。
インドネシア・メキシコ・タンザニア…現地のローカルな人たちやグローバルなボランティア達と深く関わり、一緒に暮らすなかで学んだことがたくさん。
5年後にもう一度世界を周ることが、いまの楽しみ。
中学生のころ、教室にフランスモンサンミッシェルのカレンダーの絵を見たことがきっかけで海外に興味を持ち、いつか絶景を見て回りたいと思いながら海外に行くために看護師になりました。
今では日本で看護師をしながら合間をぬってちょこちょこ旅をています。
南米、北米、アジア、ヨーロッパ、アフリカ、オーストラリアと今まで50カ国ほどの国を見てきました。
素晴らしい絶景と、日本では会うことのできなかったであろう人たちとの出会いがたくさんあり、私の大切な財産になっています。
「あー楽しい人生だった」と言って死ねるよう今も毎日奮闘中です!
Takuya Usui
ドロップアウトしかけていた自分に光を与えてくれた、旅、幾多の人との出会い。20代に語学、フットボールに興味を持ち外に目を向けるようになる。
鉄道業に就きながら、まだ見ぬロマンや冒険を探し求めるサラリーマン。人との繋がりを大切に旅を重ね、SHAKE HANDS のTakuyaにはどこにでも飛んでくるスーパーマンと呼名を受ける。ただし、行く先々で病に伏すのが難点。
仕事を通じて世界にできることを模索中。
21の頃、東南アジアを初めて廻り旅の魅力を知る。
その後、沖縄、ニュージーランド、オーストラリア、アジア諸国をファームで働きながら放浪。帰国後なるべくお金を使わない持続可能な生活を目指し各地で修行中。
荷物は少ないほうが良い、とわかっていつつもバックパックの中は遊び道具でいつもいっぱい。
26歳の時に、世界中を旅してみたいという思いから4年間勤めた銀行員を辞めることを決断し、約一年間の世界一周を決行する。
元々マジックは趣味の1つにすぎなかったが、世界一周を通じて言葉や文化の異なる世界各国の人々を喜ばせられるマジックの魅了を強く再認識するようになった。
帰国後、相手と密にコミュニケーションを取れるクローズアップマジックを本格的に学び始める。現在では神奈川県を中心に飲食店や、現場で知り合った企業の方々向けにマジックを披露している。
仕事辞めたことをきっかけに昔から行きたかったアジア横断の旅に出かける。
各国で現地の方々や同じ日本人バックパッカーの方々に助けられながらも無事中国からイスタンブールまでの旅を終えました。
Takuyaさんにはイランでお世話になりました。
帰国後はWebの開発を行っている会社に入りました。Takuyaさんの手伝いとしてこのサイトの管理を行っています
小学校教員として日本で勤務した後、海外青年協力隊としてバングラデシュの小学校で算数と理科を教える。
日常にある「貧困」を目の当たりにしながら、そんな環境の中でも幸せを感じながら強く生きている現地の人たちと出会い、「貧困」の本当の意味を考えるようになる。
帰国後、現地のコンサルタント会社で日系企業のバングラデシュ進出をサポートしながら、同国のより良い発展のカタチを現地の人々と模索している。
19歳の時に初めての海外旅行のアメリカで、衝撃的な経験をたくさんして以来、旅行の魅力に取り憑かれてしまった。
行きたい場所や国に行ってみると、更に行きたくなる場所や国が増え続けていくというジレンマに陥っております。可能な限り実現させていきたいですね。
2017年7月…ふと、“世界中の”モノ”や商売を見たい”と思いサクッと会社を退職。旅は1年間と期限を決め1ヶ月後に出発。1年間の旅でのんびりと33ヶ国を訪問。目的の”モノ”や商売を見つつ、下手の横好きの写真撮影を堪能。
被写体は主にストリートアート、風景、鳩。鳩。鳩。2018年8月に帰国し、現在は東京でサラリーマンをしつつ東欧移住を企てている。。
旅人であった祖父の影響を受け、旅を続けること10年。日本は全国、世界78カ国渡航しました。
映像制作の仕事をしつつ、東京で旅人が集まるシェアハウス「ハクナマタータ」を経営しています。
ミャンマーのヤンゴン近くの町に産まれ暖かい家族、沢山の友達に恵まれ育ちました。貧困に苦しむ友達が沢山いる中で運良く私だけがきちんとした教育を受ける事ができ2年間孤児院でボランティア活動をしさらなる教育を受けるために南魚沼市国際大学に入学しSHAKEHANDSのタクヤさんと出会い、ミャンマーでHIVに苦しむ友達を一緒に手助けする活動を始めました。
これからも経験と勉強を積み重ねて将来故郷に帰って貧困と闘っている友達みんなを助けれる仕事を始めたいです。
私達夫婦はお互いの勉強と仕事のためにスリランカを離れて新潟県浦佐に引っ越してきました。日本語は難しく日本の生活は大変な事もありますが、たくさんの経験と思い出が出来ました。国際大学卒業後二人でスリランカに帰ってしまいますがタクヤさんとこの町で出会あった事をきっかけにスリランカをもっと日本人に知ってもらえるように、そしてSHAKEHANDSのメンバーとして日本とずっと関わっていきたいです。
メキシコ大好き人
メキシコに幼少期、留学と合計八年を過ごし、また南米一ヶ月かけて周遊するほどの中南米好き。
そこでの多くの人々との出会いや、数々の絶景に魅了され、世界一周することが人生をかけての夢に。
メキシコのことならなんでも聞いてください。
もちろんTakuyaさんとはメキシコで出会いました。少しでもお役に立てるように、世界の手助けができればと思っています。
車と酒と旅をこよなく愛するサラリーマン。3児の父。
仕事の合間の休暇を使い、アジア、中東からヨーロッパ、西アフリカなど今まで約80ヵ国。
近年はメキシコ在住の地の利を活かし、時には家族を連れ、時には独りでもっぱらアメリカ大陸を北から南まで。
百聞は一見にしかず、世界は面白い。No journey, no life.
こんにちは。私はカナダ、オーストラリア、イギリスの3カ国でワーホリを経験し、世界をフラフラと旅しています。日本を出て、日本の素晴らしいところ、ちょっと残念なところとか考えさせられました。でもやっぱり日本が大大大好きなので、日本に帰って人の役に立つ仕事がしたいなーって思ってます😊
自分の国に安心して帰れる、大切な人たちが待ってくれているって本当に幸せな事だと思います!!Takuyaさんの経済的に恵まれていない世界の人たちを助けようという志にはとても感動致します。素敵な活動がいろんな人たちに届きますように。
バングラデシュの田舎で生まれ育ち、ダッカの大学を卒業し学校の教師として努めてきたRana
SHAKEHANDSのメンバーの一人Yukoの旦那さんでもありTakuyaと越ちひろのバングラデシュ滞在をサポートし続け、みんなで過ごしたその時間の中でSHAKEHANDSのメンバー入りが決まる。
英語が苦手な人の多いバングラデシュですがRana は英語が堪能で、バングラデシュやイスラム教に対して高い知識を持っています。
イスラム教徒が大半を占めるバングラデシュで数少ないヒンドゥー教の一人Topu
SHAKEHANDSのTakuyaと絵描きアーティストの越ちひろがバングラデシュでボランティア活動をした際にTopuが尊敬する学校教師Ranaの「バングラデシュに支援活動に来るSHAKEHANDSに協力しよう」と声をかけられたのが、SHAKEHANDSとTopuとの最初の出会いだ。
若くして愛する父を失った過去。愛する父がいつも貧しい人に恵んでいた背中。尊敬する教師。貧しい人々に恵もうとする旅人Takuya達と一ヶ月行動を共にしSHAKEHANDSの仲間に。